2017年4月4日 shotom 0Comment

私の人生で、何度か、不思議なことが起こっているのですが、今日はその中でも特に印象深い出来事について書きたいと思います。

以前、もう10年ほど前になりますが、友人に誘われて、東京都内のとある神社にお参りに行きました。記憶が定かでなく、どの神社か未だに分からないのですが、そのときは、ああ、あそこね、という感じで、言ったことはないけれど聞いたことがあるような神社でした。

よく晴れていて、お参りにはとてもよい日でした。駅で待ち合わせ、そこからすぐ近くの神社にお参りしました。

友人は特に希望するお願いなどがあり、本殿の方でなにやらムニャムニャやっておりましたので、私は早々に一礼して同じ敷地内にある稲荷社に向かいました。

少し階段のようなものがあり、下がったところのそのまた奥に稲荷社がありました。木で覆われていたのか、小屋のような建物だったのか覚えていませんが、なにか洞窟に入るようだな、と思ったのを覚えています。

奥はひんやりとして、日射しもなく、心地よいと感じたそのとき、周りから聞こえていた音がやみ、ぼんやりと暗くなってきました。

あれ?こんなに暗くていいの?と思った瞬間、目の前に、2メートルはあろうかというような大きな真っ白い狐が現れました。

え?なにこの展開?と驚きましたが、やってきたのには意味があるに違いないと思い、また、その美しさに目を奪われながら、狐の目をじっと見つめました。

なんとも美しい狐でした。ゆったりとして、野性味はなく、神々しいくらいの白い輝きを放っていました。

目を見つめていると、狐からテレパシーのようなものでこんな言葉が頭の中にやってきました。

「なぜここにお参りしているのかわかっているのか」

私はそれを、今日ここに来たのが分かっているのか、という意味なのか、稲荷社にお参りすることについてなのか、わからないなと考えながら、でも自分が知りたいのは今日の自分の行動よりも稲荷社についてだなと思い、こう答えました。

「私はなぜ稲荷社にお参りするのかその理由をわかっていません。」

答えるときには、相手の目をみつめながら強く思うと相手に伝わっていくことがその場でわかりました。

すると、白狐はじっとこちらをみつめ、しばらく間を置いて、こう伝えました。

「この一帯は、かつて森が広がっていた。人間達がやってきて、ここに田畑を作ることをお願いに来た。この森にはたくさんの生き物が住んでいて、田畑を作るということはその種がほとんど絶えてしまうということを意味する。人間はそれをお願いに来た。私たち動物は、その願いを受け入れ、私たちの代わりに、人間達がここで生きることを受け入れた。私たちのほとんどは死に絶えた。その後、人間達は、栄える代わりに、稲荷社を作り、そこで実った作物を慰霊のために捧げ、このことを忘れないように伝承した。あなたたちは、私たちの代わりに生きている。それを知っているのか。」

私は、「知らなかった」と答えました。

「私たちは死に絶えたが、あなたたちは生きている。このことを忘れずに、伝えて欲しい。」

白狐はそうテレパシーを送って、すっと消えました。

すると後ろの方から人の話す声が聞こえてきて、観光で訪れている人たちがやってきました。あたりの景色には光が戻り、私は少しぼおっとしながらその社を離れました。

わずか数分の出来事でしたが、私には、大きな体験となりました。彼らがずっとずっと生きてきた土地に私たちは住んでいます。彼らが死ぬことで、私たちは生きている。

人は生かされている、といいます。

無限の魂が宿った、限りある命、かつて生きていた森の動物達の分までも幸せに生きたいと思いました。