2017年8月9日 shotom 0Comment

瞑想は危険ではないですか?
という質問を最近よく受けます。

昔、今から15年前とか、もっと情報が少なく、瞑想をやっている人も少ない頃は、「周りにばれないか心配です」とか、「修行僧みたいになって普通の生活ができなくなりませんか」とか、「宗教団体に勧誘されませんか」とか、そんな質問でしたが、今は、「魔境に入るのが怖いです」とか、「自分でやるのは危険と聞きました(見ました)」というような質問がとても多いです。

これは、私からすると、とっても不思議な話なので、今日はそのあたりを私がどのようにとらえているか解説します。

瞑想は、誰でもできます。誰でも、いつでも、半畳くらいの静かなスペースがあれば、それ以外に必要な物はありません。

人間と瞑想の関係は、人間と睡眠の関係に少し似ています。

睡眠は、誰でも取れます。正しい睡眠法がよく分からなければ、とにかく横になってみると、睡眠が取れるでしょう。何度も繰り返していくと、目が覚めたとき、特にいい感じの時があり、そうでもない時があり、なれてくるとよい睡眠を取れるようにいろいろな工夫をしていくことになります。マットレスはこのくらいの固さが楽だとか、暗い方が安心するとか、枕は低い方が心地いいとかそういったことです。コンディションによっては、時に悪夢を見ることもあるかもしれません。しかし、悪夢を見たからといって、睡眠そのものをやめることはないと思います。

また、悪夢をよく見る人、あるいは以前によく見た人が、「睡眠をとると、悪夢を見るので、危険です。」と言ったとして、それが他の人を睡眠から遠ざける理由になるとは思えません。

瞑想は、人間に肉体の回復と意識の変容と新しい体験と宇宙そのものを感じる機会を与えてくれます。今のところこんなにシンプルですばらしい効果のある誰でもどこでもできるワークはないと思います。自分の心やからだに興味があれば、やらない理由はどこにもありません。

瞑想は、睡眠のように必要な物ではない、と、言う人がいるかもしれません。しかし、ひとたび瞑想によってからだが回復し、精神が回復し、自分の本質的な意識を取り戻すことができたら、あなたは毎日、睡眠をとるのと同じように瞑想をするでしょう。そしてその時間は実のところ、一日五分でもいいのです。

「指導者がいないと瞑想は危険」
「準備ができていない人が瞑想をするとよくないことが起こる」

というような話は、

「手足を縛って寝ると悪夢を見るから睡眠は危険」

というようなものです。

瞑想は、誰でも、どこででも、一人でできます。

瞑想をするときに、意識の方向性をしっかりと保つことは重要です。どこへ向かっていくのか、その基本をおさえておけば、おかしなことにはなりません。万が一、変な状態になったら、すぐに瞑想状態から戻ってきて、瞑想を10年以上やっている、信頼できる人に何が起きているのか聞いてみるとよいです。

瞑想は、自分の本質に還っていき、純粋意識に到達することのできる、唯一ともいえる意図的な行為です。純粋意識に到達することで人生は一変します。自分自身の本質を認識することができたとき、世界が変化していくのを目の当たりにするようになります。この世界は自分の意識によって作られているということが明らかになります。自分と世界との関係性がはっきりと感じられるようになります。瞑想そのものには、現実を変える力はありませんが、瞑想によって自分が変わることによって、現実は変化していきます。

誰かが瞑想するのを他の誰かが押しとどめる理由はどこにもありません。人生において、瞑想がもたらす精神的、肉体的変化、現実と自分の関係性の変化による心の安寧は他のどんなのものにも替えがたいと思います。

瞑想の素晴らしさとエッセンスを余すところなく伝える『瞑想の精髄』は、不定期で京都、東京、仙台で開催しています。今後の開催予定は http://www.coreflow.jp/reservation でご確認いただけます。